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京都の山科に、「山科聖天(やましなしょうてん)」と呼ばれて親しまれているお寺があるのをご存じですか?紅葉で有名な毘沙門堂の北にある、双林院(そうりんいん)というお寺です。双林院が公開している「山科聖天について」「諸堂本尊について」のページをもとに、その歴史やお堂、まつられている仏さまのことを、やさしく整理しました。
この記事では、山科聖天双林院の「山科聖天について」「諸堂本尊について」をもとに、山科聖天(双林院)の歴史とお堂について5つのポイントで整理します。後半の、はじめて山科聖天にお参りするときの、ゆっくり見どころをめぐる順番は、この記事の提案です。
※この記事は、2026年10月時点で山科聖天双林院に掲載されている内容をもとにしています。確認日は2026年10月24日です。ここで紹介するのは、お寺の案内ページに書かれている内容です。ご利益は、お寺でそう説かれているものとして紹介しています。お参りの時間や行事は変わることがあるので、出かける前にお寺の案内を確かめてくださいね。
山科聖天ってどんなお寺?
毘沙門堂の塔頭
双林院は、山科の北部、毘沙門堂の北にある、毘沙門堂門跡の塔頭(たっちゅう)と案内されています。塔頭は、大きなお寺の中にある小さなお寺のことです。
約100体の聖天さま
秘仏の大聖歓喜天(聖天さん)と、約100体の歓喜天がまつられていることから、地名をとって「山科聖天」とも呼ばれているそうです。お寺の名前よりも、こちらの呼び名で知っている方も多いかもしれませんね。
小さな境内
お寺のページでは、小さい境内ですが、夫婦和合・子授け・財福の霊験あらたかだと評判、と紹介されています。
アクセス
京都市の観光サイト「京都観光Navi」では、地下鉄東西線・JRの「山科」駅から徒歩約20分と案内されています。
山科聖天(双林院) 5つのポイント
1. 1665年に建立
寛文5(1665)年、公海大僧正によって、毘沙門堂とともに建立された毘沙門堂門跡の塔頭と案内されています。江戸時代のはじめから続くお寺なんですね。
2. 明治元年の聖天堂
明治元(1868)年に、公遵法親王の念持仏「大聖歓喜天」を本尊とする聖天堂(本堂)が建てられたと書かれています。
3. 100体を超える客天
武田信玄や多くの寺院、信徒などから奉納された、100体を超える聖天像(客天)も合祀されていると案内されています。
4. 不動堂の不動明王
比叡山無動寺から勧請された不動明王が、不動堂にまつられています。とてもめずらしい姿の仏さまと紹介されています。織田信長の比叡山焼き討ちにまつわる言い伝えもあります。
5. 大根と巾着
お寺のシンボルの大根と巾着は聖天さまのお印で、大根は夫婦和合・縁結び、巾着は財福と子孫繁栄のご利益をあらわすと説かれています。境内で見つけると、うれしくなりますね。
5つのポイント早見表
| ポイント | 山科聖天双林院の案内 |
|---|---|
| 1665年に建立 | 創建 |
| 明治元年の聖天堂 | 聖天堂 |
| 100体を超える客天 | 客天 |
| 不動堂の不動明王 | 不動堂 |
| 大根と巾着 | お印 |
双林院の歴史
江戸時代のはじまり
1665年、公海によって毘沙門堂門跡の山内寺院として創建された、とお寺の年表に書かれています。
公海大僧正
公海は江戸時代前期の天台宗の僧で、天海に師事し、天海の死去ののちに寛永寺を継ぎ、天海の遺志を継いで毘沙門堂を復興した、と紹介されています。
明治の聖天堂
1868年に聖天堂を建立し、門主・公遵法親王の念持仏の大聖歓喜天を本尊とした、と書かれています。本堂は、正二位の位にあった公卿の寄進によって建てられたと案内されています。
公遵法親王
公遵法親王は、中御門天皇の第二皇子で、輪王寺の門跡を継ぎ、天台座主もつとめた方と紹介されています。お墓は双林院の北側、毘沙門堂内の輪王寺宮墓地にあると書かれています。
本堂(聖天堂)と聖天さま
秘仏の本尊
本尊は聖天堂の厨子の中に納められた秘仏で、公遵法親王の念持仏と案内されています。
聖天さんとは
聖天さまは、インドから伝わったヒンドゥー教の神「ガネーシャ」にゆかりのある仏さまで、頭が象で体が人の、二体が抱き合う姿であらわされる、とお寺のページで説明されています。
説かれているご利益
ご利益は現世利益が中心で、御本誓として「現世の苦を除き現世の幸福を増す」と説かれている、と紹介されています。
浴油のお祈り
内陣の赤い円壇の上には聖天厨子があり、脇の厨子には、「浴油(よくゆ)」という油をかけてご祈祷する金銅の尊像が納められている、と書かれています。
100体を超える客天
客天ってなに?
ほかの寺院や信徒などから奉納された聖天像のことを、お寺では「客天」と呼んでいます。
武田信玄ゆかりの像も
お寺のページでは、武田信玄から奉納されたものも含めて、他に類がない100体を超える聖天像が合祀されていると紹介されています。
たくさんの祈り
たくさんの聖天さまが一か所に集まっているのは、それだけ多くの人の祈りが寄せられてきたからなのかもしれませんね。お堂の前に立つと、長い年月のあいだに受けつがれてきた信仰の深さを感じられそうです。
不動堂とめずらしい不動明王
明治16年の建立
不動堂は山門の正面に立ち、1883(明治16)年の建立と案内されています。比叡山の千日回峰行者だった第24代住職が、比叡山無動寺から勧請して安置したと書かれています。
五大明王
中央の不動明王の脇侍に四大忿怒像が安置されていて、五大明王が構成されていると紹介されています。
焼き討ちの部材から
1571(元亀2)年の織田信長による比叡山焼き討ちのときに損傷した仏像の部材300以上を集めて造られた、と言われているそうです。顔の左右に馬頭観音と愛染明王が合わさった、他に例のないめずらしい仏像と紹介されています。
頭の上にも
頭には如来のような螺髪(らほつ)があり、頭の頂点には楊枝状の部材100本が納められている、と紹介されています。
込められた祈り
焼き討ちで損傷した多くの仏像を前に、当時の仏師が、二度とこのような悲劇が起こらないようにと祈りを込めて造った、と伝えられているそうです。災難の種を護摩の炎で消し、人の苦しみの身代わりとなって願いをかなえてくださる仏さま、と説かれています。
煙突のある屋根
堂の中で大護摩が焚ける構造で、屋根のいちばん上が煙突になっている、という説明もあります。
阿弥陀堂と境内のみどころ
創建当時の本尊
阿弥陀堂には、湖東三山のひとつ・西明寺から遷された、創建当時の本尊の阿弥陀如来がまつられていると案内されています。平安時代中期の作と書かれています。
公開はお盆とお彼岸
阿弥陀堂は、お盆と両彼岸の施餓鬼会の法要のときだけ公開されると案内されています。ふだんは見られない仏さまなので、この時期に合わせてお参りの予定を立ててみるのもよいですね。
不動の滝
不動堂の右奥の崖下には滝があり、石造りの「お滝不動」がまつられていると紹介されています。不定期で滝行体験も行っているそうです。
守護神たち
稲荷大明神(荼枳尼天)や、歓喜天守護神の八ッ房龍神・太郎須大明神、門前脇の地蔵菩薩もまつられています。
お参りの前に知っておきたいこと
秘仏ということ
本尊の大聖歓喜天は、厨子の中に納められた秘仏と案内されています。秘仏はふだん姿を見ることができない仏さまなので、お堂の前で、静かに心の中でお祈りしてみてくださいね。
歩きやすい靴で
山科駅から徒歩約20分と案内されているので、歩きやすい靴で出かけると安心です。毘沙門堂とあわせてめぐるなら、時間にもゆとりを持っておきたいですね。
行事の日を確かめる
お寺のページでは、正五九護摩供などの行事のお知らせも出ています。行事の日に合わせてお参りしたいときは、事前に確かめておくとよいですよ。
マナーを大切に
小さな境内なので、ほかの参拝の方のじゃまにならないよう、写真を撮るときなどは周りに気を配りたいですね。
境内の早見表
お寺のページをもとに、境内のお堂を表にまとめました。
表の見方
お堂の公開や行事の日は変わることがあります。お参りの前に、お寺の案内を確かめてくださいね。
| お堂 | まつられている仏さま |
|---|---|
| 聖天堂(本堂) | 秘仏の大聖歓喜天と、100体を超える客天 |
| 不動堂 | 不動明王(五大明王)、准胝観世音、弁財天女 |
| 阿弥陀堂 | 阿弥陀如来(お盆・お彼岸のみ公開) |
| 不動の滝 | お滝不動(石不動明王) |
はじめて山科聖天にお参りするときの、ゆっくり見どころをめぐる順番
ここからは、山科聖天双林院の案内をもとにした、この記事の提案です。
ここで挙げるのは、お寺の案内をもとにした、この記事からのめぐり方の提案です。
毘沙門堂とあわせて
双林院は毘沙門堂の北にあるので、毘沙門堂のお参りとあわせて歩いてみるのもすてきです。紅葉で知られる毘沙門堂から、少し足をのばしてみましょう。
山門から聖天堂へ
山門を入って右側にある聖天堂で、まずは聖天さまに手を合わせます。
正面の不動堂
山門の正面にある不動堂で、めずらしい姿の不動明王の由来を思い出してみます。
不動の滝へ
不動堂の右奥の不動の滝で、お滝不動にもごあいさつ。清らかな水の音に、心が落ち着きそうですね。
大根と巾着を探す
境内で、聖天さまのお印の大根と巾着のモチーフを探してみるのも楽しいですよ。
よくある質問
山科聖天はどこにある?
京都の山科の北部、毘沙門堂の北にあります。
いつできたお寺?
1665(寛文5)年に、毘沙門堂とともに建立されたと案内されています。
本尊は?
公遵法親王の念持仏の大聖歓喜天で、秘仏です。
客天とは?
奉納された聖天像のことで、100体を超えるとされています。
阿弥陀堂はいつ見られる?
お盆と両彼岸の施餓鬼会の法要のときに公開されると案内されています。
大根と巾着の意味は?
大根は夫婦和合・縁結び、巾着は財福と子孫繁栄をあらわすと説かれています。
山科聖天は、100体を超える聖天さまが集うお寺
山科聖天(双林院)は、1665年に毘沙門堂とともに建立された塔頭で、明治元年に建てられた聖天堂には、秘仏の大聖歓喜天と100体を超える客天がまつられています。めずらしい不動明王や、お盆とお彼岸だけ公開される阿弥陀堂もあります。京都の山科を訪れたときは、ゆっくりお参りしてみてくださいね。